
デザートを楽しむために、約2時間。その贅沢な時間の中で、パティシエは何を表現するのだろうか。
2026年9月14日、東京・白金にオープンしたデザートレストラン「nuance(ニュアンス)」。手掛けるのは、開業からわずか3カ月でミシュラン一つ星を獲得した南青山のフレンチレストラン「mærge(マージ)」でシェフパティシエを務める奥村充也さんだ。
フルーツの美味しさを引き出すだけではなく、野菜や植物、さらには和食の技法まで。奥村シェフが生み出すのは、従来のスイーツという枠組みでは語りきれない、自由で独創的なデザートの数々。
その中心にあるのは「香り」、そして「記憶」というキーワード。なぜ今、デザートだけのレストランなのか。奥村シェフへのインタビューから、「nuance(ニュアンス)」が描く新たなデザートの世界を紐解いていく。

東京・南青山のフレンチレストラン「mærge(マージ)」。柴田秀之シェフが手掛ける同店は、フランス料理の技術を礎に、日本の食材や文化を独自の感性で昇華させた「東京料理」を追求し、早くもミシュラン一つ星を獲得した注目店だ。

そのデザートを担うのが、シェフパティシエの奥村充也さん。
「mærge(マージ)」が歩み始めて間もない中、2026年9月、新たに誕生したのがデザートレストラン「nuance(ニュアンス)」だ。場所は白金。かつて柴田シェフが腕を振るった「ラ・クレリエール」の跡地という、縁の深い場所でもある。
奥村シェフ「もともと、何か新しいことができたらいいな、という思いはありました。最初はラボのようなイメージで『マージラボ』という名前も考えていましたが、ポップアップでデザートコースを提供したりする中で、話が広がっていきました。」
奥村シェフが思い描いていたのは、自身のクリエイションをより自由に表現できる場所。しかし、それは必ずしも一般的なパティスリーではなかったという。
奥村シェフ「自分が表現したいことを、コースという形で届けられたらいいなと思っていました。コースの良さは、やはり時間があること。約2時間かけて、味わいだけではなく、いろいろなことを表現できる。お客様にも、その時間を楽しんでもらいたいんです」
「nuance(ニュアンス)」が掲げるのは「デザートレストラン」というスタイル。パティシエの技法を駆使し、素材が持つまだ知られていない香りや味わいを引き出した一皿を、コース仕立てで楽しむ。スイーツ好きはもちろん、普段あまり甘いものを食べない人にも、新たな食体験を届けたいという。
奥村シェフ「香りを楽しんでもらったり、時間そのものを味わってもらったり。スイーツが好きな方だけではなく、いろいろな方に来ていただけたらうれしいですね」
実際に、「mærge(マージ)」を訪れる美食家から、パフェを目当てに訪れるスイーツファンまで、幅広いゲストが足を運んでいるという。

同じ奥村シェフが手掛けるデザートでありながら、「mærge(マージ)」と「nuance(ニュアンス)」では、その表現方法は大きく異なる。
奥村シェフ「mærge(マージ)」には、柴田シェフが考える料理の世界があります。僕のデザートも、その流れに合わせて、より軽やかに表現しなければいけません。料理の後に提供するものですし、基本的には2皿。その中でどう季節を表現するかを考えています」
一方、では、デザートそのものが主役になる。例えば写真のひと皿は「翡翠」という名前がついている。キャビアを添えてある珍しいデザートだ。そのイメージは世界最大のキャビア生産地である中国の千島湖で、水底に海洋遺跡があり美しい場所なんだとか。

その風景をイメージしたデザートで、マーガオのブランマンジェ、レモングラスと山椒を合わせたブランマンジェ、マスカットや洋梨、白きくらげ、ライム、ディル、そしてアイスクリームは緑茄子。青々しい味わいと香りの組み合わせは、まるで湖を歩くかのような、その千島湖の情景が浮かぶようなデザートだった。キャビアの塩味が、驚くほど合う。
奥村シェフが目指すのは、食文化や風土を感じさせるデザート。一つ一つに物語がある。
そして、もうひとつの大きなテーマが「香りをつなげること」だ。
奥村シェフ「フルーツを主体にしたデザートのお店も多いですが、僕はしっかりと作り込みたい。パティシエの技術を詰め込みながら、その中にあるさまざまな香りを、ひとつの世界にまとめていくことを大切にしています」

その発想を象徴するのが、コースに登場する「そうめん」を用いた一皿。
そうめんに奈良県産の大和橘(やまとたちばな)から抽出したエッセンスを合わせ、香りを楽しむというユニークな表現だ。
“そうめんをすすることで、香りがふわっと広がる”
料理のようでありながら、紛れもなくデザート。日本人になじみ深い食材や所作を取り入れることで、味覚だけでなく、嗅覚にも働きかける。「nuance(ニュアンス)」のデザートには、フランス菓子の技術と日本の食文化が、独自のバランスで共存している。

約2時間にわたるデザートコース。料理のコースであれば、アミューズから前菜、メインディッシュへと展開していくが、「nuance(ニュアンス)」ではどうなのだろうか。
奥村シェフは、コースの中にあえて塩味の皿を設けることには、こだわっていないという。「nuance(ニュアンス)」のクリエイションは、単純な甘味と塩味の対比では語れない。
例えば「湯気」と名付けられた一皿は、クレープ生地でリオレ(米のミルク煮)を包み、さらに笹でくるんで蒸し上げる。そこにイチジクのソースを合わせるというもの。笹の香りをまとった温かなクレープ。蒸すという調理法も相まって、どこか和菓子のような情緒が漂う。
さらに、構想中のデザートとして教えてくれたのが「おこわ」だ。
フランス・アルザス地方の伝統菓子「ベラベッカ」を思わせる発想で、もち米に栗、洋梨、イチジク、干し柿、松の実、栃の実などを合わせる。
そこに、白玉と牛乳で仕立てたベシャメル風の餅ソース、さらに大和当帰(やまととうき)の泡を重ねるという。素材の組み合わせだけを聞けば、もはや料理とデザートの境界は曖昧だ。
しかし、その根底にあるのは、素材の香りや食感、温度を緻密に組み立てるパティシエの技術。既存のデザートの概念にとらわれない自由な発想こそが、ニュアンスの面白さなのだ。

奥村シェフに、デザートを作るうえで最も大切にしていることを尋ねると、迷わず返ってきたのが「香り」という言葉だった。
奥村シェフ「僕は甘さをできるだけ減らしたいと思っています。美味しさを決めるのは、やはり香りだと思うんです」
甘さを強くするのではなく、素材の香りを引き出し、重ね、つないでいく。それによって生まれるのは、単なる味の強弱ではない、奥行きのある美味しさだ。
奥村シェフ「香りは季節を感じさせてくれますし、記憶にもつながります。例えば、どこかで同じ香りに出合ったときに、そのときのことを思い出したりするじゃないですか」
確かに、金木犀の香りに秋の訪れを感じたり、柑橘の香りからかつて訪れた土地を思い出したり。香りは時として、味わい以上に鮮明な記憶を呼び起こす。「nuance(ニュアンス)」で過ごした2時間が、いつか別の場所で出合う香りによってよみがえる。デザートの余韻を、その日の食体験だけで終わらせない。奥村シェフが目指すのは、そんな記憶に残る美味しさなのだ。

奥村シェフが目指しているのは、単に美しいデザートを提供することだけではない。
奥村シェフ「レストランとして、ミシュランの星を取りたいですね」
その言葉からも伝わるように、「nuance(ニュアンス)」が目指すのは、デザートを主役に据えながらも、ひとつのレストランとして評価される存在だ。
そして、もうひとつの奥村シェフの願いが“デザートコースという文化をより多くの人に知ってもらうこと”。スイーツというひとくくりではなく、料理と同じように、技術や表現、時間そのものを楽しむものとして、デザートの価値を広げていきたいという。
約2時間をかけて味わう、一皿一皿の物語。
そこには、華やかなフルーツや甘いクリームの美味しさだけではない、香り、食感、温度、そして季節の移ろいがある。食べ終わったあと、記憶の中に何が残るのだろう。「nuance(ニュアンス)」が提案するのは、デザートの新しい美味しさであり、その先にある、豊かな時間の楽しみ方なのかもしれない。
About Shop
nuance(ニュアンス)
住所:東京都港区白金3-14-10 ベル パラーゾ シロカネ
営業時間: デザートコース・パフェともに完全予約制
※営業日・提供時間は変更となる場合がございます。最新情報は公式Instagramをご確認ください。
定休日: 不定休
席数:8席(完全予約制)
Instagram:https://www.instagram.com/_n_u_a_n_c_e/
撮影・文/坂井勇太朗(ufu.編集長)
注目記事